この3月15日に映画化作品が公開されるは、直木賞作家・西加奈子さんが初めて手がけた児童小説。物語は小学5年生の――第二次性徴期真っただなかにある――主人公・サトシの声で語られるのですが、読み進めるうちに見えてくるのは、死生観やコミュニティの在り方など、必ずしも子供たちの悩みとは言い切れません。さらに行間からは、そんな“悩める子供たち”とたいして変わらない親たちの姿も垣間見えます。
この作品を書いたのは30代の後半で、「老い」を意識し始めた頃だったと語る西さん。昨年には出産を経験し自身母親になった彼女が改めて思う、この作品に込めたものとはどんなものでしょうか?

西加奈子 作家。1977年テヘラン生まれ。カイロ・大阪育ち。2004年『あおい』でデビュー。2007年で第24回織田作之助賞、13年で第1回河合隼雄物語賞、15年で第152回直木賞受賞。は直木賞受賞後初の作品。オフィシャルウェブサイトは。



子供の声を借りて書いた、30代後半の「老い」への恐怖


自身初の児童文学を書くにあたって「最初は“ジュブナイルもの”を書こうと意識していた」という西さん。でも書いてみたら「“下投げ”みたいで気持ちが悪くて」。西さんいうところ気持ち悪さは、言いかえれば「大人が子供ぶって書いた、わざとらしさ」といった感じかもしれません。
物語の主人公は小学5年生のサトシ。田舎の小さな温泉街で暮らす小学5年生です。その時期の心と身体の変化に、サトシは恐怖にも似た感覚を覚えています。女子をエッチな目で見る同級生をバカにしつつも、自分も同じような人間になってしまうんじゃないか、そんな自分は変なんじゃないか、こんなことを考えるのは自分だけなんじゃないか――日々そんな思いを抱えて悶々としています。そんなサトシの前に転校生の美少女コズエが現れることで、物語は転がってゆきます。

「自分の体重の乗ったことだけ書こうと思って書き直したらこうなったというか。だからサトシくんの声を借りたけれど、あれは私の思っていたことだと思います。書いていた当時に自分が感じていた変わることへの恐怖とか、自分の体を持て余すこととか――私、この年になっても男性器も女性器もグロテスクだと思うんです。でも同時にその頃から、旬の味に滅茶苦茶敏感になったり、電車の窓からちょっと見えた桜を、わざわざ降りて見に行ったりするようにもなって。それまでそんなことはなかったし、だから人生が豊かになったとか絶対言いたくないけれど、もし若いままだったら、この美しさを知らずに死んだのかもしれないんですよね。自然の中にあるものが愛しいと感じるのは、やっぱり朽ちていくから、変化するからなんだなあと」

コズエは一風変わった女の子で、落ち葉やら水やら、いろんなものを「まくこと」が大好き――というか、まいたものが、はらはらひらひらと舞い落ちてゆくのが好き。「変化するのは何だって楽しい」と語るコズエとの出会いが、サトシを変えてゆきます。
 

世にあふれる「理想の親」幻想のプレッシャー

 

一方、サトシの「大人になりたくない」という思いを最も近い場所で具現するのが、サトシの父親・光一です。コズエを見てすら「かわいいな~」とデレデレする光一は、女好きで浮気を繰り返していす。そんな父親をはじめ、物語には“ダメな大人”がたくさん登場し、サトシは「なりたいと思える大人がいない」と心の中でつぶやきます。

「お父さんは決して立派じゃないし、お母さんにも隠したいことがある。大人って実は全然正しくなくて、子どもの方がよっぽど正しいときがありますよね。それなのに偉そうにしてるのっておかしくない?って思うし、反抗期があるのも当然だなと。でもそういうもの、“大人って全然アカン”もの。だから子供には早々にそれを教えてもいいのかなと思いますね」

西さんがそう語る背景には、世にあふれる「理想の親」への幻想があるようです。テレビや雑誌、インターネットを通じて広まる「理想の親」「親子の理想の関係」の幻想は、いつしか多くの親にどこかゆがんだプレッシャーを与えているのかもしれません。どんな時も子供を愛し慈しみ、常に子供を正しい方向へと導ける、尊敬に値すべき親――になれれば、それはそれで素晴らしいこと。でも、特にサトシのような「変化」に悩む子供たちに、「理想の親」として向き合うことは、「やっぱりしんどいこと」と西さんは言います。

「個人的には、性教育って親が全部背負わないでもいいんじゃないかと思うんです。私自身、子供がお母さんの股から出てくることを小学校1年の時に知ったのですが、教えてくれたのは小学五年生の友達のお姉ちゃんでしたし。子供に聞かれたときに、“そんなのちっとも恥ずかしがることじゃないんだよ”って言わなければいけないのでしょうが、自分で全部やらなきゃいけないと思ったら、正直しんどいですよ。だから私は自身は“セックスのことは、正直お母さんしゃべりたないわ”と言おうと思っているんです。わからないことがあれば“わからん!”と言おう、時には“お母さん知ってるけど言いたくない!”とも言おうと思っているんです。ただ“こういうお母さんの態度は、本当はよくないんだよ”と認めること。そして、もし“お母さんの言ってることはおかしい”と言われても、否定しないこと。はっきりと教えられなくても、態度として正直であればいいのかなと」
 

「みんながヘン」であることを、面白がれる社会

 

「性教育に限らず、子供の悩みに応えられる親以外の大人がいるコミュニティだったらいいなと思います。社会が教えることは、時に“正しいやり方”でないこともあるかもしれない。でもなんらかの学びがあるのなら、それでもいいのかなと。逆に親だけがそれを担ってしまえば、それはそれでバイアスがかかってしまうかもしれないし。いろんな人を見て、いろんな意見を聞いて、その中で“こういうやり方があってもいい”と思うことを見つけていけたらいいなと思うんです」

西さんのこうした思いには、この物語が教える別のテーマにも通じています。件の「ダメな大人たち」――例えば、通りすがりの小学生に「私は君の未来だ」と言いまくる謎のおじさん・ミライ(小説のみに登場)や、下校時の小学生を集めてアクションマンガを朗読&実演する25歳のプータロー青年・ドノなど――は、「絶対にああはなりたくない(笑)」けれど、その存在にこそ、西さんの考える「多様性」のイメージを表すものです。

「例えば“美人は美しい”という考えと、“醜い人は美しい”という考えって、“美しいものを良しとする”という意味では同じだと思うんです。そういう考えの中で、“みんな美しい”とか“みんな変じゃない”と言うのは嘘だと思う。むしろ私は“みんな変やん!”っていうほうがずっと納得できるし、それを面白がれる社会であったらいいなと。『まく子』に描いたような、嫌な人間がひとりもいない世界は不自然だと言う人もいるかもしれません。でも作品を通じてそういう社会の在り方――なぜそういう世界を美しいと思うんだろうと問いかけ続けること。それが作家の私にできることなのかなと思います」
 

<映画紹介>


大人になりたくない少年が恋をした、大きな秘密を持つ少女。
閉ざされた街に彼女が撒いたものとは?

 

ひなびた温泉街の旅館の息子サトシは、小学5年生。自分の体の変化に悩み、女好きの父 親に反感を抱いていた。ある日、美しい少女コズエが転入してくる。言動がどこか不思議なコズエに最初は困惑していたサトシだったが、次第に彼女に魅せられていく。思春期を生きるサトシの葛藤とコズエとのせつない初恋を軸に、家族を愛しつつも浮気をしてしまう父親、それを知りながら明るくふるまう母親、道ならぬ恋をする若い女性、訳ありの親子……小さな町のどこか不器用な人々を映し出します。

主人公・サトシを『真夏の方程式』(2013)で福山雅治演じる湯川と心を通わせる少年役だっ た山﨑光が演じ、思春期の揺らぎを見事に表現。謎の転入生・コズエを演じるのは、圧倒的な 美しさを放つ新星・新音(にのん)。そして、旅館を切り盛りするサトシの母・明美役に、ドラマ「半分、青い。」に出演し話題の女優・須藤理彩、女好きなダメな父親だけれど、息子の成長を陰ながら見つめ背中を押す父・光一役を草彅剛が演じ、色気を漂わせ新境地をみせます。 監督は、初長編映画『くじらのまち』が PFF アワード 2012 にてグランプリ&ジェムストーン賞をW受賞し、第63回ベルリン国際映画祭をはじめ各国の映画祭で上映され国内外問わず高く評価された鶴岡慧子。
 

監督・脚本:鶴岡慧子
出演: 山崎光、新音、須藤理彩/草なぎ剛
配給:日活 3月15日より東京・テアトル新宿ほか全国でロードショー
©2019「まく子」製作委員会/西加奈子(福音館書店)

 

 

<原作紹介>

西 加奈子 著 650円(税別) 福音館書店

本映画の原作。西加奈子、直木賞受賞後初の書き下ろしとして2016年に刊行され、児童小説では異例の累計55000部の売り上げを記録し、幅広い世代から愛される名作が今年文庫化。究極のボーイ・ミーツ・ガールにして、誰しもに訪れる「奇跡」の物語。


取材・文/渥美志保
撮影・構成/川端里恵(編集部)