間もなく終わりを迎えようとしている「平成」という時代。エッセイストの酒井順子さんがを出版したのは2003(平成15)年のこと。あれから15年が過ぎ、女性の立場はどのように変化しているのでしょうか。

酒井さんの週刊現代での連載をまとめた最新エッセイ(講談社刊)では、身近な題材や時事トピックを手がかりに、今を生きる女性たちの姿を独自の視点で考察しています。その発売を記念して、2月9日(土)に青山ブックセンター本店で酒井さんのトークイベントが開催されました。女性や家族をテーマにした写真を発表し、エッセイ集など書き手としても活躍する写真家の長島有里枝さん。書き手として感じていることや、女性を取り巻く環境についてお二人のトークは大いに盛り上がりました。

酒井 順子 1966年生まれ。東京都出身。高校生のときから雑誌でコラムの執筆を始める。立教大学卒業後、広告代理店勤務を経て執筆に専念。2004年に発表した『』はベストセラーとなり、婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。他に『』、『』、『』、『』、『』、『』など著書多数。最新作『』が好評発売中。
ミモレ掲載のインタビュー、

長島 有里枝 1973年、東京都生まれ。1995年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1999年、カリフォルニア芸術大学にてMaster of Fine Arts取得。1993年に家族とのポートレートで「アーバナート #2」展パルコ賞を受賞してデビュー。2001年、写真集『PASTIME PARADISE』で第26回木村伊兵衛賞受賞、2010年、エッセイ集で第26回講談社エッセイ賞を受賞。


身近な経験や感じたことを綴るエッセイは、
どこまでが本当でどこまでが嘘?


酒井 長島さんが『背中の記憶』で講談社エッセイ賞を受賞されたのが10年前って、あっという間ですね。そして今日は鼻ピアス姿で!

長島 穴を開けたのは20歳のときですが、子育て期間を穏便に過ごすために外していました。つけていたらママ友も、息子の友達もできなさそうだったので。今日が公の場での復活初日です。

酒井 初日にお会いできて嬉しい(笑) そもそも、鼻ピアスをあけたきっかけは?

長島 それが全然思い出せなくて。とにかくかっこいいと思ったんでしょうね。刺青派とピアス派がいるのかなと思うのですが、私はピアス派。

酒井 エッセイ賞受賞後、執筆活動の方はどんな感じだったのでしょう。

長島 小説はいま、書けていないんです。でも、東日本大震災の年に入学した大学院で、論文を書いたりしていました。

酒井 どのような論文なのですか?

長島 ‘90年代に“女の子写真”と呼ばれたカテゴリーがあって、それを定義してきた言説の再考察です。もともと、男性論客が生み出したカテゴリーなので、当事者たちは“女の子写真”という括りを嫌がっていました。

酒井 フェミニズムとの関連性も、ありそうですね。

長島 多くの女性が表現ツールに写真を用いたのは、彼女たち自身の選択だけれど、それをこういう現象なんだ、と定義づけたのは男性たちです。論文は、そういう言説から読み取れるミソジニーや女性蔑視の痕跡を指摘し、フェミニズムの観点から語り直すことを目指したものです。
フェミニズムと一口にいっても、いくつかの波があります。大雑把ですが、第一波は1910年代前後の、女性の参政権獲得を中心に据えた運動、第二波はウーマンリブだと思います。1990年代に、女性のアーチストや作家、バンドなどがアートや音楽などの主にサブカルチャーを媒介してフェミニズムを訴える、という草の根的な動きがあり、これが第三波だと言われています。“女の子写真”もこの潮流上に位置づけることができる、とわたしは考えています。

酒井 文学の世界では70年代までは女性の書き手を女流作家と呼ぶ時代が続いていましたが、80年代に山田詠美さんなど新しいタイプの女性作家達が登場して以降、“女流”という言葉が次第に消えていきました。写真の世界ではどうでしょうか。

長島 70年代に女流写真家と呼ばれていたものが、90年代に“女の子写真”にとってかわっただけ、という感じでしょうか。いまはどうかなぁ。現在、“女の子”という言葉には、男性が女性を見下すときに使うものという側面と、逆に女性みずからが自己肯定的に自称する場合とがあると思います。自分たちのことを“女子”って言ったり。

酒井 私はさすがに自称はできなくなってきましたが、“女子”って便利な言葉ではありますよね。その論文、読んでみたいです。

長島 いままさに本にする作業をしていて、夏くらいに出せればいいなと思っています。

酒井 それは楽しみ! 長島さんのエッセイも、また読みたいですし。
『背中の記憶』の文庫本あとがきで、長島さんが「エッセイではないと思って書いていた」というのが面白いなって思っていたんです。

長島 図らずもエッセイ賞を受賞してしまったんですけど、小説として書きました。そもそも、エッセイか小説かなんて意識せずに書きたいことを書いただけなので……。エッセイってどれくらい本当のことを書くものなんですか?

酒井 それって考えますよね。私もかつて、小説は嘘が書けていいな、と思ったことがありますが、でもエッセイに嘘を書いてはいけないってことはないんじゃないか、とふと思って。エッセイとは、実際にあったことや思ったことを書くことになっているものの、実は境界がものすごく曖昧な、幅の広いジャンルではないかと。

長島 『背中の記憶』もあったことを書いたわけではなく、ところどころ残っている記憶を埋めて一つの物語にする作業ってフィクションです。それに、記憶の多くは自分の主観的な思い込みだとも思うし。

酒井 私もエッセイで「〜だと思いました」って書いたりしても、実は全然そんなことを思っていなかったりもするんですよ(笑)。エッセイもルポルタージュも、もはや書いてしまった時点で全部嘘って感じがします。


女性と人格を取り巻く環境は数十年で激変。
でもゆっくりとしか進まないし、戻ることだってある。


酒井 ところで、写真家の人ってどうやってデビューするのでしょう?

長島 自分自身も含め、わたしの世代はコンペでの受賞がきっかけという人が多いですね。でも、はじめは撮る仕事はほとんどもらえず、デビュー当時の作風のせいか“珍獣”みたいな扱いというか、取材の依頼ばかりでした。酒井さんはどういう経緯でデビューしたのですか?

酒井 高校生の時に『ポパイ』を読んでいたら、田中康夫さんと泉麻人さんが東京の各大学をファッションや遊び方で分類している記事がありまして、「これなら私も書ける!」と思って、都内の女子校を分類して、レポート用紙にイラストと文章を書いてみました。ここからがアイドルのデビュー話みたいなんですけど、友達が「これ面白いから雑誌に載るよ!」と言って、男の子向け雑誌の『ポパイ』ではなくて、『オリーブ』にそのレポート用紙を送ってくれたんですね。そうしたら編集部から連絡が来て、騙されているんじゃないかと思いながらも編集者さんと打会って……、という経緯なんです。

長島 いい時代ですね、チャンスがあって! それから30年も書き続けていらっしゃるんですよね。今回出た『次の人、どうぞ!』は週刊現代の連載ですし、週刊文春でも持ち回りで『私の読書日記』を担当されていますよね。読書量も半端なくてすごいなと思います。

酒井 文筆業になって30年ですが、根はデビュー時の女子高生のままなのに、大人のフリをし続けている……。ずっと嘘をついているような気がしてなりません。

長島 私にとって、酒井さんは冷静で聡明な方、という印象です。

酒井 それはひとえに、髪型と眼鏡のせい!(笑)

 
  • 1
  • 2