5年ぶりにバリ島に来ています。
子供たちが小さかった頃は、クリスマス休暇で2週間、8月に3週間と、決まって訪れていました。
その頃はヨーロッパの友達も、「8月は1ヶ月、バリ島でバカンス」という人が多かったので、バリ島はヨーロッパの社交場に。
その後、極端な開発でバリ島もすっかり変わってしまいました。

以前、1998年から私の定宿だったまでたどり着くには、まだ完成していない幹線道路を通って、ライスフィールドと小さな家の間の小道を抜け、1978年からあるホテル、 の前を通り、そして寺院からThe Lagian Baliまで、あとは何もありませんでした。

写真はより

子供たちにとってこのホテルは第2の家のようで、スタッフの人に観賞用の池にいる魚を、竹で作ってもらった竿にパンをつけて釣りをしたり、キッチンに行って勝手にマイメニューを作ったり(その一部はいまやキッズメニューとなっています)、現金を数えるお手伝いと称してゼネラル・マネージャーのオフィスに入り浸り、ホテル内をかくれんぼ……、今では考えられないワンダーランドがこのホテルでした。

2012年1月、最後に息子たちとバリに来たとき。


当時、私たち以外に唯一、子供連れで宿泊していたファミリーがジャカルタのJoesoef家のご夫婦ビビンとデウィと子供たちのイルザとナラ。初めて出会って以来必ず一緒に休暇を過ごし、今では家族同様のお付き合いに。今回はそのご夫妻と子供抜きで来ているのです。

The Legian Baliに私たちが滞在していた頃のゼネラル・マネージャーのハンスが、のオープンからずっとアメリカのマイアミに行っていたのですが、今年、The LegianのCOOとして戻ってきて、新しくロンボク島にをオープンさせることに。「それならば、ぜひまたみんなで会いましょう」ということになったのです。

アラン、ハンス、ビビン、デウィ、私、ヤン。ホテルのエントランス前で記念写真を。


The Legian Baliの周りは全く知らない街になっていても、20年前から同じ顔ぶれのスタッフに笑顔で迎えられると、「なんで5年間も来なかったのだろうか」と思ってしまいます。
それにしても、バリの人は気候なのか、食べ物のおかげなのか、20年たってもスタッフが年をとっていないのは不思議なことです。
「エブー(インドネシアで尊敬の意味で使われる。マダムみたいな意味)、マックスとアレックスはどこ?今何をしているの?写真を見せて」と、本当にみんな二人の息子を気遣ってくれて、二人が子供だった時のあらゆる思い出を語ってくれます。
ホテルの部屋も当時と全く同じ、完璧に手入れされていて、20年前からある木々はますます綺麗に。もう誰にも釣られたりしない鯉は大きくなって、美しく咲く睡蓮の間を優雅に泳いでいます。目の前の海は、雨季になるとボディボードを楽しむベスト・プレイス。
以前はマイ・ボディボードを持参したくらい、私はボディボードが大好きです。

どんなに素晴らしいホテルを作っても、スタッフ次第。そしてそこに滞在するゲストもホテルを作る一員です。The Legian Baliは私たちのようなロングスティのリピーターのゲストだらけ。今回もNYで知り合った、イランでホテルを経営しているカップルにまた偶然再会したり、シンガポールの知り合いの家族も滞在中だったり、みんな「やっぱりここにきてしまう」と言っていました。

そして今回は化粧品ブランドのファウンダーであるジゼルからのおすすめリストにもあった、昨年オープンしたばかりのにも3泊することに。
2002年にウブドを訪れたのが最後の私、やっぱり少なくなったライスフィールドを見ながら、ちょっと淋しい気分で到着。
バリ風の小さなゲートを抜けると、バリの家の中庭のように作られたレセプションがあります。
渓谷をのぞむダイニングエリアから、ガゼボ(庭にある小さな小屋のようなもの)の息をのむほどの美しさ。お部屋までの整えられた道、そしてそのお部屋からプールサイドエリアまでも、完璧な建築とデザインです。

にて


さて、このホテルがあと数年後、そして20年後にどうなっていくのかは、ここのスタッフ次第。
スタッフはとても頑張ってやっているようでしたが、お部屋へのウエルカムカードやちょっとしたパーソナルなタッチがなく、まだ全てにおいてぎこちない印象も。
日本のホテルサービスマネージメントそのままでなく、インターナショナルに、つまりその土地に適応させながら、日本的な素晴らしさを伝えることができれば、このホテルは大成功すると思います。

の定番メニュー、エビ。私のお気に入りで、どんなに渋滞していても絶対にくる場所です。
最後は必ず、バリニーズ マリアッチで大カラオケ!

 

おまけ 
星のや バリを紹介してくれたジゼルのバリ島のベスト・アドレスはこちら。ジゼルはシンガポールのハーパース・バザーの編集長時代から今までずっと、毎年最低1回以上バリ島に来ているバリ通です。

写真はより


写真はより


写真はより


写真はより