今から四半世紀以上前の話。
バブル全盛期に大学生だった私は、特に何かに不自由することもなく、学業もそこそこにバイトや課外活動に熱心に日々を過ごしていました。バブル崩壊後最初の年の就職活動組でしたが、世の中に今よりも苦境を跳ね返すバイタリティがあったように思います。私自身も望めば何でも手に入るとは思っていませんでしたが、自力で「〇〇をしてみたい」という気持ちを叶えられる希望がまだ持てたというか、放っておいても溢れるやる気というか、若さゆえの無鉄砲なエネルギーがありました。そんな昔の時代遅れな話をしないでくれと言われそうですが、今日お話するシチリア島への極個人的な憧れは、その頃に始まっているのです。

 

当時日本で史上最長公開ロングランを記録した映画があります。シチリア島出身のジュゼッペ・トルナトーレ監督の「ニュー・シネマ・パラダイス」。もはや若い世代の人たちには馴染みのない映画になってしまったかな。バブル全盛だった公開当時、あんなノスタルジックな映画が日本で受けたのは何かの反動だったのでしょうか。私もその話題作を観にシネスイッチ銀座に足を運びました。

映画はシチリア島を舞台に、ある映画館をとりまく人々のストーリーが時代を跨いで描かれています。恥ずかしながら告白すると、学生だった私はこの映画を観て、「どうしようもなく惹かれるもの」に出合ったと直感してしまったのです。「イタリアに行かなくちゃ、シチリアが私を呼んでいる!」今思えば全く単純すぎて笑えるのですが、当時の私は極真剣にそう思っていました。そこからはどうしたらイタリアに行けるか必死に画策したのです。大学卒業後イタリアに通う仕事に就いて14年間も辞めずにいたのは、若かりし頃に心を掴まれた「架空のシチリア」への幻想にずっと捕らえられていたからなのかもしれません。

 

そんな個人的思い入れ満載のシチリア島、働き始めて初めての休暇で来て以来何度となく通っていますが、毎回新しい発見や興味の対象に出合っています。近年は親しい友人もできて、この島をより身近に感じるようになりました。
そもそも、シチリア島を「イタリアの島」と短絡的に受け止めないほうがいいようです。今一度地図を見てみると、この島はアフリカ大陸とヨーロッパ大陸の丁度真ん中に位置し、東西南北に中東、中央ヨーロッパ、西ヨーロッパ、北アフリカをぐるりと見渡す絶好の立地にあります。地中海最大の島であり、大国であったこの島が、あらゆる文化、物資、人々の交差点であり続けたことが容易に想像できます。私にとってのこの島の最大の魅力は、その「ミックスカルチャー感」なのです。
 

 

今滞在しているトラパニはシチリア島の西の端にある町、ここまでくるとアフリカ大陸はすぐそこ、対岸はチュニジアです。この町ではイタリアでは珍しく、北アフリカでよく見かけるクスクスを食べるのですが、これまた私達がイメージするクスクスと随分と違ったものでして…。
日本の食事に親しんだ舌の持ち主には、必ずや気に入ってもらえそうな料理なのです。友人のはからいでクスクス作りをいちから見せてもらったのですが、なんとなんと、時間と手間のかかる料理!セモリナ粉のつぶつぶをゆっくりゆっくり塩水と混ぜ合わせ、それをさっと乾かして、その間に魚のスープの準備をして(そう、トラパニのクスクスは魚のクスクスなのです!)、ゆっくり煮込んで煮込んで…完成までざっと4時間弱。その間ダイナミックな作業はなく、非常にひたすら静かな、淡々とした調理が続きます。

 

出来上がりの料理の表情もかなり地味です。魚の出汁のスープと蒸しあがったクスクスをあわせてそれをさらに蒸し上げるので、日本式に言えば非常に手のかかった炊き込みご飯、あるいは雑炊に近いイメージ。お味はと言えば、頭つきの色々な魚の出汁が入っているので旨味満載、あっという間にパクパク一皿平らげてしまう美味しさです。それにしてもこの外見の地味さに相対する爆発的な美味しさ、控えめなのにエモーショナルなシチリアの人々にもちょっと似た印象です。地中海の真ん中で生き続ける「熱気」は、こんなにも滋味深く、この地を訪れる人々の心を捉えて離さないのです。