前回の予告通り、今回はという作品にご出演の木野花さんのインタビューをお送りします。地方の農村で暮らす中年独身男が、お見合いツアーで年若いフィリピン人の嫁を連れ帰るという、字面で見るとどこか牧歌的にも思える物語の中で、主人公・岩男の母親・ツルを演じている木野さん。息子が連れ帰った嫁・アイリーンに対するその「鬼姑」ぶりは、息子への度を越した愛情に、ミソジニーと差別意識が加わった壮絶なものです。「こういう人とは絶対分かり合えない気がする……」とつい思ってしまいますが、とはいえ敵にしたらもっと怖いし……そんな感じにおののく私に、人生の大先輩、木野さんが下さったアドバイスとは?

木野花 女優・演出家。弘前大学教育学部美術学科を卒業後、中学校の美術教師となるが、1年で退職、上京して演劇の世界に入る。1974年に東京演劇アンサンブル養成所時代の仲間5人と、女性だけの劇団「青い鳥」を結成。翌年に旗揚げ公演を行い、80年代の小劇場ブームの旗手的な存在になる。86年、同劇団を退団。現在は、女優・演出家として活躍中。

 

息子を偏愛し、嫁を“ケダモノ”と呼ぶ鬼姑


最初に『愛しのアイリーン』の脚本を読んだとき、度を越した登場人物たちの愛情に「動物か!動物園かここは!(笑)」と思ったという木野さん。ご自身が演じたツル役は、その最たるものだと感じたそうです。

「とにかくあらゆる行動の源が息子で、“(自分の思う)息子の幸せ”のために暴走してゆくんですよね。それにはツルなりの事情があった。ツルは息子を産んで初めて、姑に嫁として受け入れてもらえたんです。それ以前のツルは、“子供を産まない嫁なんて使えねえ”という言葉を浴びせられながら、使用人のように扱われていた。岩男という息子が自分の存在証明になったんですね。それが息子に対する偏愛の根本にあるんじゃないかと。

岩男のこととなると、警官だろうとヤクザだろうと罵倒する人ですから(笑)、アイリーンへの“嫁イジメ”も容赦ありません。彼女への憎しみは、息子への偏愛の当然の帰結です。バリバリに偏見や差別意識を持った田舎の母親ですから、岩男にはちゃんとした嫁がほしい、フィリピン人なんてもってのほかと思ってる。彼女のことを“ケダモノ”って言い捨てますからね。正直な話、日本に限らず、アメリカにもヨーロッパにも、そういうお母さんはまだまだいるかもしれないと思いながら、情容赦なくやってみました」

ところが。そんな鬼姑にして鬼母のツルが、最終的にアイリーンを受け入れてゆくことになります。な、なぜなのっ!?

 

1970年代に、女性だけの劇団を立ち上げた理由


1970年に故郷青森県で、国立大学の教育学部美術学科を卒業した木野さん。中学の美術教師を経て、東京のアングラ演劇の世界に飛び込んだのはその1年後のことです。当時の女性としてはかなり大胆な生き方です。

 

「美術教師は自分に向いてると思ったけど1年で辞めちゃったので、演劇だってやってみなければどうなるかわからない。自分に向いた仕事を見つけるのは、くじ引きのようなものだし、ダメだったら“すたこらサッサ”ということで(笑)。だから高望みはしていなかったんですが、やってみたら、あれ、面白い!って」

既存の劇団に入らなかったのは、いくつかの理由がありました。ひとつは教師時代に経験し苦手だなと感じていた、演出家を頂点としたピラミッド型のヒエラルキー。もうひとつは、美術の世界にはなかった男女差別です。

「養成所にいる時に、私が自主公演の企画を持っていくと、男性陣からのちょっとした反発がある。“いかにも女の考えだね”なんて言われるんです。私が考えたんだから“女の考え”かもしれないけど、そっちが考えるものだって“男の考え”じゃないのと思ったけど。それが創造的な話し合いに向かわず、変なプライドや意地の張り合いになりがちなのに嫌気がさして。とにかく面白い芝居を作ることだけにエネルギーを費やしたかったし、余計なことでイライラしたりケンカしたりしたくなかった。最終的に、無駄な事に労力使うのはやめよう!と、気心知れた仲間だけを募ったら女だけだったの。後から男性が“入りたい”と言ってくる分には受け入れるつもりでしたが、誰も入ってこない。『まあしょうがない、これでやれるところまでやっていこう』と、女性だけの劇団を立ち上げました」

そもそも演劇を選んだ理由は「ハジケたかったから」。1年間の教師生活で自身の社会性や協調性のなさを思い知った木野さんは、集団で表現する演劇ならばそれが克服できるのでは、と考えました。そして納得がいくまで話し合いながら舞台を作るうち、新たな自分を発見してゆくことになります。

「ここに集まってくれた連中とは心を開いて、徹底的に話し合おうと。でもそうすることによって変わっていける自分も楽しかった。人間、自分一人だけで変わるのは難しいでしょ。あらゆる人との出会いが、自分を変えるきっかけになると思いました。そのためには、閉じている自分を、まずは開いていかないと」

 

分かり合えない相手にも、とりあえず自分を開いてみる


さて『愛しのアイリーン』のフィリピン人花嫁アイリーンは、頼れる人が誰もいない日本で鬼姑ツルに邪険にされ続けるのですが、若さゆえの無邪気さか、南国生まれの大らかさか、ツルに対して「閉じる」ことがありません。ツルがアイリーンをついに受け入れる瞬間が訪れるのは、アイリーンがどんなひどい目にあっても閉じなかったことへの奇跡のようなもの、と思いました。

 

「私自身、母親との間にずっと不和があったんですが、最後に東京に呼んで一緒に暮らし始めて、和解できたんです。それまで私は、母を恨んでいました。ちゃんと愛してほしかったし、愛してくれなかった長い年月を謝ってほしかった。すごく傷ついて辛かった、そういう被害者意識で恨んでいたんですよね。母に変わってほしかった。でも母は母の人生を必死で生きてきて今、ここにいるんだと、ある時気付いたんです。母を変えようと思っていた自分が恥ずかしくなった。お互いが、それぞれ巡り合わせの中で、出会い、生きているんだと思えた。今生、この人が母で私が娘として生まれた運命を丸ごと受け入れよう。そんな気持ちになったら、ラクになって」

当時の気持ちを「どぶ池の中に飛び込むような気持で(笑)」と語る木野さん。もちろん実の母親だからできたことかもしれませんが、家族、親類、友人、仕事仲間など、時に自分の意志では選べない関係の中に、決して分かり合えない人がいることも。そんな人たちとどうにか付き合っていく上での、なにがしかのヒントにはなるかもしれません。

「開いた分だけ自分が変わり、そうすることで、たぶん相手の側でも何かが開き、変わっていく。そういう感覚を体験できた。そういうやり取りもコミュニケーションなんじゃないかと思います」

<映画紹介>

「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載されていた新井英樹氏の傑作漫画が原作。監督は、映画『ヒメアノ~ル』の斬新な演出で注目を集めた新進気鋭の吉田恵輔監督。

 

嫁不足の農村に暮らす42歳のダメ男・宍戸岩男(安田顕)は、嫁探しツアーに参加。貧しく若いフィリピン女性・アイリーン(ナッツ・シトイ)との結婚を勝手に決めて帰国すると、実家は父親の葬儀中。大事な一人息子が、見ず知らずのフィリピーナを嫁にもらったと聞いて激昂するツル(木野花)は、ついに猟銃を持ち出して……。夫婦、親子、家族における壮絶な愛の形をダイナミックに描く問題作です。
9月14日(金)TOHOシネマズ シャンテ他にて全国ロードショー!

監督・脚本:吉田恵輔
出演:安田顕、ナッツ・シトイ、伊勢谷友介、木野花
Ⓒ 2018「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ


撮影/望月みちか
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)