新刊の出版を記念し、全3回にわたってお届けする光野桃さんのインタビュー企画。第二回目の今回は、連載のなかでもとくに反響が大きかった親子関係の話や、連載を始めてからの心境の変化などについてお伺いします。読んでいるうちに、心と体にじんわりと浸透してくる光野さんの言葉。ぜひゆっくりと呼吸をととのえながら、耳を傾けてみてください。

光野桃 作家・エッセイスト 東京生まれ。小池一子氏に師事した後、女性誌編集者を経て、イタリア・ミラノに在住。帰国後、文筆活動を始める。1994年のデビュー作、『おしゃれの視線』がベストセラーに。 主な著書に(文春文庫)、『実りの庭』(文藝春秋)、 。今年刊行されたも絶好調。公式サイト

 

いくつになっても
母娘の問題には
根深いものがある


ミモレ光野さんの連載はいつも読者の方々からの熱いコメントで盛り上がっていましたが、なかでも多くの声が届いたのが、お嬢さんとの関係をテーマにした回。「自分を母や娘の立場に置き換えて読んだ」という方がたくさんいらっしゃいました。

光野そうでしたね。意外だったのは、とくに「娘の視点に立って読んだら泣いてしまった」という声が多かったこと。実は、あの記事を公開する前に、娘とのことを記事にするのが少し気恥ずかしいというのもあって、インスタグラムに「今回の連載のテーマは子育て失敗の話です」と少しおちゃらけた感じで告知をしたんですね。そうしたら、読者の方々から「自分の親から言われているような気持ちになってしまうから、“失敗”という言葉を使わないでほしい」というようなコメントが届いて。私は娘とのコミュニケーションがもっとも必要な時期に仕事の忙しさがピークに達していたために、彼女の望むような家庭を作ることも、理想的な母親像を体現することもできなかった。そういう意味で「母親失格」と表現したつもりだったんです。40代という大人の女性になり、子を持つ身になっても、娘としての自分と母親との関係に解消しきれない問題を抱えている人は少なくない。そして、その問題は想像以上に根深いものなのかもしれないということに、改めて気づかされました。

ミモレ光野さんご自身はお母さまと仲良くされていたんですよね。

光野ええ。父との関係はうまくいっていませんでしたが、母とは基本的に気が合っていたので、まあ普通に仲の良い親子だったとは思います。
果たして自分は母と深い部分で理解しあえていたかどうかと考えてみると……。私の心の奥底にある根本的な思いや感じ方、とくに孤独感というのは、なかなか伝わりませんでした。もちろん母にしても、きっと私に対して気に入らないところがたくさんあっただろうなと思います。というのも私が若い頃は、「娘たるもの家庭的で人には優しく、包容力があって……」と、女性は女性らしくあることが求められていた時代。母はそうした価値観を当たり前に持ち、娘である私にもそういう女性になってほしいと常々願っていたはずなんです。でも私にはできなかった。だから、母親の期待に応えられなかったということに対して、いまだに自己評価は低いままです。

いっぽう娘はといえば、これがまた、母以上に古風なタイプでね。昔から「母親だったら家でご飯を作って、娘の帰りを待っているべきだ」と思うような子だったんです。それなのに、仕事に追われていつも不機嫌で、とりわけ家族の団欒が苦手だった私には、娘の望むような家庭を作ってやることができなかった。そろそろ三十路を迎える娘に対して、今なお後ろめたい気持ちが消えることはありません。けれども幸いなことに、娘はいつもコロコロと笑っているような明るい性格の女性に育ってくれました。気が付けばテレビのお笑い番組ばかり見ているし(笑)。私には似ていない部分を持っている彼女を見ると、我が娘ながらに憧れてしまうんです。そして、そんな姿を見るにつけ、「ああ、結局子どもというのは親に育てられる部分は少なくて、本人の持って生まれた資質8割で成長していくんじゃないか」と思うわけです。彼女の倹約家だったり、人懐こかったりするところも尊敬しています。私が反面教師になっているのかもしれませんけどね(笑)。

子どもの頃から笑うことが得意ではなく、長じてから親や親せきにつけられたあだ名が仏頂面子。そんな自分に長いことコンプレックスを抱いていたという光野さん。それが一体誰の話なのかと思うほど、終始輝くような柔らかい笑顔を湛えていた姿が印象的でした。


反響が大きかった
娘とのエピソード、
その後-


ミモレお嬢さんというと、連載にある「トイレのダーラナ家族」の続きがどうなったのか気になる、という声が届いています。このお話は、光野さんのお嬢さんが大学4年の終わりに下宿から実家に戻った際に、毎日トイレ掃除を担当することになった。すると洗面台のコーナーに、小さな木馬の親子が3頭飾られるようになり、それが毎回、光野さんのご家族とお嬢さんの心情を象徴しているような並べられ方をしていた、というストーリーでした。

光野この話も新著におさめられているものですが、最初のうちは娘の寂しさを表しているような並べ方だったのが、3年ほど経った頃には、仔馬が親から離れた位置に置かれるようになったという内容でしたね。あれからまた時が経ちましたが、今も娘には週に2回のトイレ掃除をやってもらっていますよ。木馬のディスプレイがいまどうなっているかというと、相変わらずその都度いろいろなアレンジが加えられているけれど、もはやそこに大して娘の思い入れはないという感じ(笑)。いまはやっと希望の仕事に就き、外の世界に目が向き始めたからでしょう。思うことは、思春期の反抗期で足りなければ、なるべく若いうちに、徹底的に親を糾弾し、反発することは必要なのだなあ、と。親子ともに苦しい時期でしたが、いま穏やかに過ごしている娘を見ていると、そう感じます。

ミモレそのお嬢さんがボーイフレンドのご実家に遊びに行くことになったとき、彼女がいつか結婚して家を出ていくことを想像して、かつてないほど寂しくなったと書かれていました。

光野もうそういう感情は少なくなりました。だいぶ遅いのですが、仕事をして社会とつながることで成長期に入ってきた娘は、恋愛も自分なりに学びながらやっていけるだろうと思えるようになったからかもしれません。まあお互いに卒業という形で自然に離れていけたらいいなと思います。



人生観をがらりと変えた
ミモレの二周年記念での
サプライズ


ミモレ「愛を受けとる」の回も、印象深いものでした。ミモレの二周年記念パーティーで、光野さんのお誕生日をサプライズでお祝いしたことをとても喜んでくださって。その様子を書いてくださいましたね。

光野あれは私にとって本当に衝撃的な出来事でしたよ。もう私の人生観が変わったといっても過言ではないくらい。何しろ、お誕生日を仕事の関係者に祝ってもらったのが生まれて初めてのことでしたから。

それが、あのミモレのパーティーでまさか自分が体験することになろうとは。本当に驚いてドギマギしてしまいました。でも、今までの私だったら「私なんかにめっそうもない」と言って遠慮していたと思うのに、あの場で瞬時に皆さんの好意を受け取ろうと思えた自分がいた。そして、今まで私がいかに愛を受け取ることが苦手だったのかを実感したし、同時に自分は変わるときであり、変わらなければいけないんだなと強く思ったんです。

ミモレそれほど愛を受け取ることが苦手だったというのは、どうしてなんでしょう?

光野子どもの頃から自己評価が低かったからですよ。思い起こせば幼稚園の頃に始まり、小学校、中学校……と学生でいた間はずっとそうでしたね。私は決して健やかな子どもらしい子どもではなく、家族や親せき、友達など、まわりから誰にも理解されず、ずっと変わり者と言われてきました。

そんな風に長年苦しんできたのは、おそらく私が自意識過剰だったからなんだと思います。でも、ここにきてそういう自意識から解放されるようになり、人の好意というものを疑いなく素直に受け取れるようになってきました。

受け取る、という在り方は女性ならではの特質です。若い頃から、成果をあげなければ、積極的に動かなければ、と攻めの姿勢で生きていくことが良し、と思ってきましたが、60を過ぎて、自分から動こうとして無理をするのはもうやめよう、それは自分にも、時代にも合わないな、と思うようになりました。
イメージとしては、たっぷりと水を湛えた大きな壺を抱えている感じです。その水に月や季節の移り変わりが映る。あるときは雨が降り注ぎ、またあるときは桜の花のひとひらが舞い落ちる。そのためには水が揺れないように、静かに抱えることが大事。そんなふうにありたいというのが、今の心境です。

[新刊イベントのお知らせ]

2018年8月5日(日)14時から、三省堂池袋本店で『これからの私をつくる 29の美しいこと』の刊行を記念し、光野桃さんのトーク&サイン会が開催されます。イベントのテーマは「40代は人生の土台をつくるとき」。トークショーの聞き手は、ミモレ編集部の川良咲子が務めます。定員に達し次第受付終了となりますので、ご予約はお早目に!皆さまのお越しをお待ちしております…!

編集部注:トークイベントは定員に達しましたので、申し込みを終了しているようです。ご了承ください。(7月31日現在)

 

 

<新刊紹介>

光野 桃 著 1200円(税別) 講談社

2017年の1年間にわたってミモレに掲載され、多くの読者から大好評を博した連載、『美の眼、日々の眼』。そこからとくに光野さんが気に入っている記事を抜粋し、加筆・再編集を行った新著。人生の土台を築く支えとなってくれるものは「美の力」であると語る光野さんが、それを生み出す物やひと、自然、おしゃれ、言葉など、「29の美しいこと」を情緒豊かな言葉で丁寧に紡ぎ出す。ふと、迷いやさみしさを感じたときに好きなページをめくるだけで、心のもやが晴れていくような一冊。


撮影/目黒智子 取材・文/河野真理子
構成/川良咲子