ミモレの好評連載『美の眼、日々の眼』をまとめた新著、。その出版を記念してお届けしている光野桃さんへのインタビュー企画・第三弾となる今回は、連載を通して光野さんが多くの読者に感じた孤独感について、また生きるうえで必要な“心の糧”の作り方などについてお話を伺います。曇り空に差し込む日の光のように、迷いや不安をさっとはらってくれるようなヒント。今回も光野さんの言葉からきっと見つかります。

光野桃 作家・エッセイスト 東京生まれ。小池一子氏に師事した後、女性誌編集者を経て、イタリア・ミラノに在住。帰国後、文筆活動を始める。1994年のデビュー作、『おしゃれの視線』がベストセラーに。 主な著書に(文春文庫)、『実りの庭』(文藝春秋)、 。今年刊行されたも絶好調。公式サイト


ミモレ:光野さんは連載を続けられるなかで、孤独感を抱えている読者の方が多いことに気付いて驚いたと仰っていましたね。おそらく誰もが人生のなかで少なからず感じることがあるはずの“孤独感”。年を重ねるごとに強くなるという人もいます。ミモレ世代はこれからどう向き合い、乗り越えていけばいいんでしょうか。
 

人間とは本来孤独なもの。
そう覚悟を決めていれば
何も恐れることはない

光野:読者の皆さんはとても真面目で一生懸命なんだけれど、いつもどこか苦しそうに思えました。それなのに、家族にも友達にも本音を伝えることができない。それで余計に苦しんでいるという。でもね、そもそも人間というのは孤独なもの。家族のなかにいようと、どこにいようと結局自分は一人なんだということを常に自覚しておいたほうがいいと思うんです。

いま熟年層向けの健康番組なんかで、『みんなでワイワイと楽しく過ごすことが健康にいい』いう風に啓蒙しているのをよく見かけるんですね。たとえばカラオケをするなら一人より二人、二人より三人、それより大勢ならなおいい、と。そのほうが、NK細胞という免疫細胞が活性化されると医学的にも証明されているんですって。だからプライベートな時間に一人でいるよりは、何か趣味のサークルにでも参加したほうがいいと勧めているわけ。そう聞いて、真面目に実践しようとする人は多いのかもしれません。でも、本当にそれが正解なのかしら? もちろん、それでうまくやれる人もたくさんいるでしょうけれど、我が身を振り返って考えると、まず絶対に無理ですし(笑)。みんなでつるまないと健康な老後を送れないというのでは、逆に大変そう。だから、私は無理につるまなくてもいいんじゃないかなと思っているんです。年を取った人が一人で凛として生きているのは、素敵なことだなと思います。

とはいえ現実的には、老人が一人で生きるのはとても大変なことであるというのも事実。電球一つ思うように替えられず、作業の途中で椅子から落ちて骨折する、というような話が身近な例にもありますから。それでも、私が62歳といういまの段階で言えるとしたら、やはり人間はいつでも一人だということを意識し、その覚悟を人生の土台にしていたほうがいいということでしょうか。

ミモレ:人間とは本来、孤独なものであると受け入れることができれば、もっと気が楽になるのかもしれません。それからご著書に『心のよりどころを持っていると安心感が違う』と書かれていますが、誰もがそれぞれに“心のよりどころ”を持つことも、孤独感を解消する鍵になるのではないかと思いました。


美の記憶の蓄積が
人生の土台を築く
支えになってくれる


光野:心のよりどころというのは、心の“支え”のことなのですが、いまみんなが不安や孤独感を抱いているのは、それを持っていないというのも一つの原因になっているのかもしれません。その“支え”というのは、小さい頃にお母さんが作ってくれた塩にぎりの味でもいい。そこに立ち返ることで自分に力を与え、いまの暮らしを支えてくれるようなものなんです。それが私の場合には『美しいものと出会ったときの記憶』だったので、新著にも私の 29の“心のよりどころ”としてまとめているんです。

では、なぜ美しいものが心のよりどころになるのか? それは美しいと感じられること自体が、健やかさのバロメーターになるからです。たとえば心身が弱っているときには、どんなに美しいものを見てもそう感じることはできないかもしれませんよね。でも、抜けるような青空やそっと頬を撫でる風の気配に、ふと『美しい』と感じることができたら。それは自分の中に強さが残っている証なんです。美に対する感じ方というのは十人十色なのだけれど、だからこそ、自分自身が『美しい』と感じる純粋な心を大切にしてほしい。美の記憶の蓄積が、必ず不安や孤独と対峙していく糧になってくれます。

ミモレ:なるほど。そういえば昨年のミモレとシチズンのコラボイベントで、光野さんが『大人の自由研究』の一環として、南米のクラシック音楽にハマっているというお話をしてくださいました。ほかにもいろいろなことに興味を示して生き生きと活動されている光野さん。そんな姿にも、『不安や孤独感を感じている場合じゃない。もっと人生を軽やかに楽しみたい』と励まされるような気がします。

光野:音楽のことは研究というほどではないんですが(笑)。南米にクラシックがあるなんて知らなかったから、まず驚いて。それで興味を持って聞いてみたら好みの曲調だったということから、寝る前によく聞くようになったんです。あとはアイヌの研究者の本を読んだり、アートを鑑賞したり。仕事には関係ないけれど、ただ好きだとか面白いとかいうことをやってみるのが楽しいんですよ。だから、皆さんにも自分の世界を構築するということを始めてみてほしい。何事もスタートするのに遅いなんていうことはないですから。

よく、興味の対象が見つからないという人がいますが、そういう人はこの方法を試してみてはどうでしょう。それは、3歳の頃の自分を思い出すということ。というのも、多くの人は幼稚園の頃から社会に合わせた自分というものを形成してしまうので、それ以前の自分を思い起こすのが大事なのだとか。そしてそれが、本来の望みを知るヒントに繋がるということなのです。とはいっても、当時の自分を記憶から引っ張り出すというのはなかなか大変な作業ですよね。だから、私はその頃の写真を見てみるといいんじゃないかなと思います。それによって、何か忘れていた大切なことを思い出すかもしれません。

かくいう私が3歳の頃にどうだったかといえば……、『大人の自由研究』には繋がらないのですが、ぼーっとした子だったということを思い出しました。私はそういう自分がとても嫌で、そうではない人間に変わりたいとずっと思って生きてきたんです。だから、大人になったらせっかちなタイプになってしまい、歩くのも早かったし仕事をこなすのも早かった。けれど、それは結局、本質から離れる作業をしていたんですよね。でも今は、本来のぼーっとした自分を受け入れられるようになりました。

ミモレ:本来の自分の声を聴く=受け入れることが大事なのですね。それによって、やりたいことも明確になってくるのかもしれません。

女性性と男性性の狭間で葛藤している間じゅう、髪型やファッション、メイクなど、自分にはどんなスタイルが似合うのか試行錯誤していたという。でも髪を切ったら、“女らしい”とか“男っぽい”とかいうことに囚われなくなって、素の自分をあっさり受け入れることができた。『たかがヘア、されどヘアですね』と光野さん。


髪を切って心身ともに
ますます軽やかに
自由になった


光野:そう。それから“受け入れる”といえば、今年になって髪を切ったことも、私にとっては大きな変容をもたらす出来事でしたね。私は思春期を迎えた頃から女性性に対してコンプレックスを抱えていたのですが、今回62歳にして初めて刈り上げヘアにしてみたら、長い長い60年にも及ぶ葛藤からいとも簡単に解放されてしまった(笑)。私はこれでいいんだ、とね。この10年、髪を切るタイミングを図っていてようやく機が熟したところでの決断でしたが、こんなに気持ちが楽になるのなら、もっと早く切っておけばよかったかなとも思います。でも、今までずっと受け入れられなかった男っぽい自分と、本来の女性性との間に齟齬(そご)がなくなりつつあり、ここにきてようやく一致してゼロになったという感がある。だから、今が髪を切るのにベストなタイミングだったのでしょう。髪を切って、女らしさ、男らしさという固定観念からも自由になりました。この頭にしてから、本当にシンプルな服しか着たくなくなってしまって。

私は長い間、ファッションというのは“素を隠す”、あるいは“素ではない自分を演出する”ためのものだととらえてきました。でも、素でいいんだと目から鱗が落ちたときの楽ちんさと解放感といったら。そして、髪型でもファッション、メイクでも、“自分の素”というものを抵抗なく受け入れられるような外見を作ること。それが“似合う”装いを演出するポイントなんだということにも気づきました。

ミモレ:どんどん自由になっていきますね。

光野:ええ。できれば5年から10年後くらいには、住む場所にも囚われずに自由に生きていたい。好きな場所を2年ずつくらい転々として。今のところは根室とポルトガル、ハワイあたりに住みたいなと思っているんです。私は子どもの頃から移動をすることが全く好きではなかったから、こんな風に思う日が来るなんて我ながら不思議でなりません。でも、それくらい人は変わるもの。60歳を過ぎたら何事にも囚われなくていいし、より自由になっていく。楽しい人生が待っています。いま悩んでいる方にも、あらためてそう強く伝えたいですね。

 

[新刊イベントのお知らせ]

2018年8月5日(日)14時から、三省堂池袋本店で『これからの私をつくる 29の美しいこと』の刊行を記念し、光野桃さんのトーク&サイン会が開催されます。イベントのテーマは「40代は人生の土台をつくるとき」。トークショーの聞き手は、ミモレ編集部の川良咲子が務めます。定員に達し次第受付終了となりますので、ご予約はお早目に!皆さまのお越しをお待ちしております…!

編集部注:トークイベントは定員に達しましたので、申し込みを終了しているようです。ご了承ください。(7月31日現在)

 

 

<新刊紹介>

光野 桃 著 1200円(税別) 講談社

2017年の1年間にわたってミモレに掲載され、多くの読者から大好評を博した連載、『美の眼、日々の眼』。そこからとくに光野さんが気に入っている記事を抜粋し、加筆・再編集を行った新著。人生の土台を築く支えとなってくれるものは「美の力」であると語る光野さんが、それを生み出す物やひと、自然、おしゃれ、言葉など、「29の美しいこと」を情緒豊かな言葉で丁寧に紡ぎ出す。ふと、迷いやさみしさを感じたときに好きなページをめくるだけで、心のもやが晴れていくような一冊。


撮影/目黒智子 取材・文/河野真理子
構成/川良咲子