学生時代に出会い、それ以降ずっと本棚の特等席に並んでいる大切な一冊だというミモレ読者の方も多いのではないでしょうか。雑誌『CUTiE』で‘93年から’94年にかけて連載された岡崎京子の『リバーズ・エッジ』。90年代のムードと十代のあやうい揺らぎを切り取った青春漫画の傑作であり、世代を超えて読み継がれてきた作品が映画になりました。監督は恋愛映画や青春映画の名手として代表作を更新し続け、『ナラタージュ』のヒットも記憶に新しい行定勲監督。コミックが刊行された‘94年当時すぐに手に取ったという行定監督に、「今、この作品を映画化すること」について語っていただきました。

行定勲監督 1968 年、熊本県生まれ。岩井俊二監督らの作品に助監督として参加し、長編第一作『ひまわり』が高い評価を得る。『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』がヒットを記録。近年のおもな監督作に『真夜中の五分前』『ピンクとグレー』『ナラタージュ』などがある。


岡崎京子さんの世界が僕の細胞に入り込んでいる


「岡崎京子さんの作品は『リバーズ・エッジ』の前から読んでいて、『pink』もすごく好きだったんです。好きというよりも、影響を受けた存在と言った方が近いかもしれないですね。僕のデビュー作『ひまわり』を観た人から、岡崎京子の『チワワちゃん』みたいだねと言われて、彼女の世界は僕の細胞のなかに無自覚に入り込んでいるんだなと思ったこともあります。岡崎さんの作品は出会った頃から僕にとっては、文学を読むように読む漫画。

J文学と呼ばれるジャンルの先駆けが彼女なのではないかと思いますね。書棚にはいつか映画にしたいと思っている本を集めたコーナーがあって、『リバーズ・エッジ』はずっとそこにあるんです。でもあくまでも指針として“こんな映画が撮りたい”ということであり、自分のDNAのなかに組み込まれている漫画なのだから、あえて正面を切って映画化する必要はないと考えていました」

原作に衝撃を受けたという女優、二階堂ふみさんの熱意によって企画が動き出し、その舟に一緒に乗ることにしたという行定監督。「神格化されている漫画だし、今まで映画化したいと切望していた監督たちや当時この漫画を評論していたサブカルの権化の人たちに批判されるのではないか、という気持ちもあった」と率直に語ります。

原作と同じ風景を求めて「ロケハンには一番時間をかけた」と監督。

「この漫画が刊行された翌年にサリン事件があり、僕らを取り巻くカオスの形は変貌してしまった。でも自分が今どんな川岸に立っているのかよくわからないという感覚は、どの時代を生きる人にも共通するものだと思ったんです。だからこそ、映画化するなら今だろう、と。岡崎京子はあえて感情や共感を排除して、主人公にはモノローグで生や死について“実感がわかない”と語らせている。読者をエアポケットに引きずり込みながら、その向こう側に社会を描き出しているんです。そういう漫画を映画化するにあたって、何かを補足したり、抵抗したりする意味はないと考えました。自分の記憶に残っているショットを大事にしたかったので、撮影の前に原作を読んだのは一度だけ。何度も読み返さなくていいように脚本は自分では書かず、ある意味では“無抵抗”で臨んだ作品ですね。印象的だった橋のシーンは原作を見ながら何度もロケハンをして探し出し、当時と風景が変わったところに関しては、原作に近い場所で撮影をしています」


「原作の世界は変えなかった」自身初となる漫画の映画化
 

 

女子高生のハルナが、いじめのターゲットになっている同性愛者の山田に打ち明けられたのは、河原で見つけた死体のこと。その“秘密”をめぐる物語を描くためにも、舞台を90年代から現代へと置きかえることは考えなかったと言います。

「待ち合わせをして作戦を練るとか秘密を守り続けるとか、現代ではそんな物語を作れなくなったということを、この映画で実証できるだろうという気持ちがありました。恐らく今なら誰かがSNSで拡散して、それでもう終わり。SNSに対する反感のようなものも込められています」

漫画のなかで何度も登場する河原のシーン。 『リバーズ・エッジ』:(C) 岡崎京子/宝島社
岡崎さんが描いた当初は何もなかったが、現在は高層マンションが建ち、当時とは違う風景になっていたそう。

劇中には、二階堂さんをはじめとする若手キャストが、本人ではなく役柄として行定監督のインタビューに答えるというオリジナルのシーンも。

いじめにあっている少年、山田。 『リバーズ・エッジ』:(C) 岡崎京子/宝島社
山田を演じ切ったのは、注目の若手俳優・吉沢亮。

「設定は90年代ですが、彼女たちが役者として現代人として、『リバーズ・エッジ』をどう感じているのかを、映画に組み込みたかったんです。精神だけではなく役者たちの肉体を通して、この作品が現代とつながっている感覚を味わってもらえるんじゃないか、と思っています」

監督が原作を読んで最も印象に残っているという、見開きで描かれた橋の上のシーン。『リバーズ・エッジ』:(C) 岡崎京子/宝島社


主題歌『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』を書き下ろしたのは、岡崎京子の長年の友人でもある小沢健二。行定監督は「小説のあとがきのような主題歌で、岡崎京子の作品が文学であることを証明してくれた」と語ります。

 

「『リバーズ・エッジ』の時代って、こういう気分だったんだよね、ということをスケッチしてくれた歌に聞こえるんです。実は最初、仮でエンドクレジットに小沢さんの情感にあふれる名曲『天使たちのシーン』を入れていたのですが、彼が“僕のなかではもっと明るい曲が鳴っているから”と、新曲を書き下ろしてくれました。小沢さんと試写を観てくれた岡崎さんは笑顔で一緒に写真を撮ってくれたので、この映画を気に入ってくれていると思います。映画を観た人から、“いい意味で、原作そのまんまじゃないですか”って言われるんですよ。映画にした時点で僕なりのアプローチはできていると思っているし、それは褒め言葉だととらえています。原作の世界を変えていないからこそ、岡崎京子のすごさが際立ってくる。この映画を観て、岡崎京子ってすごい人だなと思ってもらえたらうれしいですね。映画監督としてずっと漫画の映画化はしないできたけれど、僕の仕事のなかにこういう作品があってもいいだろうと、完成した今は思っています」

 

<映画 information>

彼氏の観音崎がいじめのターゲットにしている男の子、山田を助けたハルナ。山田に誘われて夜の河原に行くと、そこには放置された死体があった。その秘密を共有している、モデルのこずえとともに、3人は奇妙な友情で結ばれていく。『CUTiE』で連載された岡崎京子の伝説的コミックを映画化。

 

出演:二階堂ふみ 吉沢亮 上杉柊平 SUMIRE 土居志央梨 森川葵
監督:行定勲『GO』『パレード』『ナラタージュ』
脚本:瀬戸山美咲 原作:岡崎京子(「リバーズ・エッジ」宝島社)
2018年2月16日(金)より、TOHO系全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
©2018「リバーズ・エッジ」製作委員会/岡崎京子・宝島社

 

『リバーズ・エッジ オリジナル復刻版』(宝島社)

<原作>

岡崎京子著 宝島社 ¥890(税抜)

1994年の初版表紙カバーで復刻した『リバーズ・エッジ』。今回、3度目の刊行となる。この初版のカバーイラストは、2015年の「岡崎京子展」(世田谷文化館)でも象徴的に展示された。

 

 


撮影/目黒智子 取材・文/細谷美香